y=5x。

 大学教員の研究と教育のあり方についての話が話題になっている。大学教員は大抵、「研究:1、教育:1、雑用:8」くらいの時間の使い方をしていると思うので、雑用が減れば問題の八割が解決されることだろう。

 でも、本日の日記で書きたいのはそういうことではなく、私の日記を見に来るような人たちの多くが忘れているだろう人たちのことである。私自身も、これから語るような人たちのことを忘れていた。

 知人に還暦を過ぎた主婦の方がいるのだが、その人に対して私は笑い話として、中学一年のときの数学の先生が出したひっかけ問題のことを話した。数学の先生は、定期考査で「比例反比例のグラフを描け」という問題を出した。問題は三問あり、y=3x、y=-2x、y=x/6のような感じだった。正確な数値は憶えていない。ほとんどの生徒が最後の問題をy=6/xと勘違いし、反比例のグラフを描いた。私も反比例のグラフを描いた。まさか、反比例が一つもないとは思わなかった。「すごいひっかけ方でしょ」とその方に言ったら、「きみは認識が甘い」と言われた。

 曰く、「私は、y=なんちゃらかんちゃら、なんて分からない」とのことだった。その方は中学の成績が優秀で、学区内で最も難しい県立高校に進学した人である。高校での成績はふるわなかったらしいが、少なくとも高校受験をした当時は中学の勉強はできたはずである。私は、「じゃあ、試しに、y=5xのグラフを描いてみてください」と言ってみた。その方は本当に紙に向かって描き始めた。x軸とy軸を書き、1,2,3,4,5と目盛りをふり、「なんだやっぱり描けるんじゃん」と私が思った矢先に描いたグラフは、なぜか切片が1で傾きが1くらいのグラフだった。確かに、その方はy=5xが描けなかった。わざと描けないふりをしている形跡はなかった(なお、後日その方の旦那さんは完璧にy=5xのグラフが描けたそうである。入社して何年間か、企業の研究室に勤めた方だそうである)。

 そのy=5xが描けなかった方は言った。「世の中のほとんどの人はこんなの描けないよ」。今の大学には、y=5xが描けない人がおそらくたくさん入学している。その学生たちを大事に扱うにしろ、切り捨てるにしろ、そういう学生たちが多く存在するということだけは忘れてはいけないのである。

 私の日記を見に来るような人の多くは、y=5xが描けてしまうという時点で、少数派なのである。それが正しかろうと間違っていようと、何かのモデルで近似したときに切り捨てられてしまうのは、y=5xが描ける人たちである。