55将棋KIDSの感想。

 本日の日記はコンピュータ将棋に関する話である。コンピュータ将棋といえば、ここ数年でやたらと強くなったという認識を持っている方も多いと思われるが、強くするだけがコンピュータ将棋ではない(強くすることは最重要課題であると思うが)。コンピュータ将棋を通して人間の思考について考察をするというのも重要な課題の一つである。その実践例としてKIDSというプロジェクトをおこなっている研究室がある。

 KIDSというのは簡単にいえば、コンピュータ将棋の要素の「探索」と「局面の評価」の二つのうち、局面の評価のみで将棋を指してみようというプロジェクトである。人間風に言い換えれば、「大局観」をいかに実装するかというプロジェクトになる。コンピュータ将棋風にいえば、全幅一手+静止探索(多分)ということになる。この大局観の要素(駒割りや複数の駒の相対位置や絶対位置など)を一つ一つKIDSシステムのユーザが記述していくことになる。

 私もこのKIDSを使って遊んでいたのだが、自分の中に面白い変化が生じてきたのでそのことについて書く。私自身は将棋初心者(三手詰を解くのがやっと)であり、自分の中に将棋に関する大局観などないので、大局観の記述などできそうにないと思っていたのだが、遊んでいるうちに大局観が生じてきたのである。

 KIDSでコンピュータに知識をインプットすると、勝手にサンプルファイルと対戦してくれるのだが、何回かサンプルファイルに負けていると、負けるパターンが分かってくる。

 最初に分かったのは、3三の位置に金か銀がいると有利だということである。KIDSは5×5マスのミニ将棋なので、その位置は盤の中央になるわけだが、相手玉に圧迫感を与えることのできる位置でもある。相手の玉に詰めろがかかる場合もある。

 次に分かったのは、「詰めろ」の重要性である。新聞で将棋の解説を読んでいても、「詰めろ」がなぜ重要なのかが分からなかったのだが、王手がかかるかかからないかというのが大きな問題になってくるというのがようやく理解できた。別の言葉でいえば、終盤のスピードの重要性が体感できたということである。

 さらに、これは5五将棋に特有のことかもしれないし、もしかしたらKIDSに特有のことかもしれないし、あるいは私の思い込みかもしれないが、持ち駒はとりあえず盤上に打ってしまった方が得である。金を温存しておくといった作戦もあるようだが、それだと盤上の駒の利きがおそろしく少なくなる。狭い盤において、利きの多さは重要である。

 また、「遊び駒」という概念も体感できた。たまに銀や金が盤の隅の方に行ってしまうのだが、これは自分の駒が一枚減るようなものである。新聞の観戦記などを読んでいると、「遊び駒」という言葉が多く出てくるが、その意味がようやく分かった。

 それから、「王手」の有効性も分かった。王手をかけると相手の手番を一回奪うことができる。

 最後に、隣接している駒が取れないととても悔しいということが分かった。例えば、自分の角の頭に相手が銀を打ってきたときなどである。これはとても悔しい。

 そんな「大局観の獲得」に一週間くらいかけたあとに、本将棋竜王戦の中継を楽しんでいたのであるが、局面を見て「今どちらがどのようなことで苦しんでいるのか」ということがなんとなく分かるようになった自分に驚いた。相変わらず指し手の予想や先読みなどはほとんどできないのであるが、とりあえず解説は理解できるようになった。将棋の腕は相変わらずだが、将棋観戦はできるようになった。

 もともとKIDSというのは将棋の熟達者の知識の言語化を目指して設計されているようだが、将棋初心者が大局観の獲得をすることもできるようである(人間の認知能力は不思議だ)。そのおかげで、私も、全幅5手探索の自作のあまり強くないコンピュータ55将棋にたまに勝つことができるようになった。KIDSは将棋の普及にも一役買えるのではないかというのが、私の感想である。

 以下余談だが、先日、電気通信大学において「第2回UEC5五将棋大会」が開催された。その中にKIDS部門もあり、私は二位になっている。どうやら上位二名は(本当の)コンピュータ部門にも参加したらしく、そこでは12チーム中7位になっている。おそらく7位以下のプログラムは、KIDS同様に電気通信大学の実験的なプログラムだったのではないかと思う。私はその大会には風邪で行けなかったのでそのあたりはよく分からない。