「山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた」

 今日の日記は「山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた」という本の感想です。

 私のブログを読むような人なら、読んで損のない本だと思います。名著です。

 iPS細胞の研究をする前は何の研究をしていたのか、なぜiPS細胞の研究が必要だと思ったのか。山中さんがどのように研究を進める人なのか。山中さんの研究室の人たちは何をしたのか。山中さんは研究をする上でどのようなことを大切にしているのか。その他いろいろと書かれています。

 読んでいて楽しくなれる本です。山中さんの人柄や優秀さがこれでもかというほど伝わってきます。

 iPS細胞を作ろうと思ったのがどうやら奈良先端大学着任時の1999年前後。そして、初めてiPS細胞が作れたのが2005年。そこからさらに実験データを溜めて世に発表したのが2006年。わずか7年で偉業を達成しています。驚くべき速さです。

 さて、ここから私の感想です。

 そんな優秀な山中さんがこんなことを言っていることに目を奪われました。

 一九九九年十二月に奈良先端科学技術大学院大学助教授として雇ってもらって、しばらく成果が出せませんでした。奈良ではじめた研究で、最初に論文として発表できたのは二〇〇三年五月です。

 およそ3年半、業績を出すことができなかったということです(奈良以前から始めていた研究で食いつないでいたのでしょう)。

 この「3年半」という長さがとても重要な意味を持ってきます。なぜかというと、今、一般的な助教ポスドクなどの働き盛りの若手研究者の任期が3年から5年だからです。任期というのは有期雇用の雇用期限のことです。優秀な人が雇用期限の中で業績を出せずに路頭に迷うことが十分に考えられるのです。

 大学関係者ならまるで業績を出せずに大学を去っていった若手研究者たちを毎年のように見ていることと思います。でも、無能に見えたその人はもしかしたら去った翌年に偉業を成し遂げていたかもしれません。

 本を読んだだけでは正確なことは分かりませんが、今の学術界隈では山中さんの研究方針は受け入れられないのではないかと感じました。山中さんは本の中で「ビジョン」という言葉を使っていますが、まさにそのビジョンが壮大すぎるのです。私はこのようなビジョンの大きな研究は好きですが、壮大すぎるビジョンの研究は上司にとめられます。あなたの人生にとってリスクが大きいからもっと小粒の研究をしなさいと言われます。賢明な若手研究者なら野心的な研究にはまず手をつけません。

 また、山中さんの研究手法にも問題があります。あまりにも目的に対して直接的すぎるアプローチをとっているのです。結果的にはそれがiPS細胞にたどり着くための最短経路だったわけですが、常識的にはスタートからゴールまでの道のりを山中さんよりさらに細かくして、迂回する道のりを通るものです。そうでないと雇用期限までに何の成果も出せないことが十分に考えられるからです。

 ノーベル賞受賞者である山中さんの研究というのは、有期雇用が常識的である現状にはそぐわないのです。

 当時、すでに子供も奥さんもいたそうなので、山中さん自身も今のような有期雇用制度のもとでは別の研究テーマを選んだり、別の研究アプローチをとったりしたはずです。

 現実には山中さんは助教ポスドクではなく助教授(今でいう准教授)でしたし、どうやら無期限の雇用だったと見受けられるので、実力通りに偉業を成し遂げることができましたが、もしも有期雇用だったらほかの人(おそらくほかの国の人)にiPS細胞を先に作られていたと思われます。先に作られるというのは特許が取れないということにつながってきます。大きな損失です。

 そういう有期雇用の現状をなんとかするために、山中さんは自らマラソンに参加して寄付を募っているのではないかという気がしています。

 本当のところは分かりませんが、それがこの本を読んだ私の感想です。引用部分を読んだときには「まじですか」と声に出してしまいました。周りに誰もいなくてよかったです。