科学と技術はもともと別物だった。

 2006年6月7日から9日まで、東京で人工知能学会の全国大会が開かれた。私は6月7日のみ、聴講参加してきた。とある先生の講演を聴いてみたかったからである(http://www.jaist.ac.jp/jsai2006/program/session-63.html)。その講演が私にとっては非常に面白かったので、内容をここに書く。勝手にここに内容を書いてしまっていいものかどうなのかは判然としないが、先生の講演内容がそもそも「一般の人と科学者の交流を活発にすべきだ」という趣旨なので、問題はなかろう。なお、私のノートのとり方がまずかったり、記憶違いがあったりなどの原因により、先生の講演内容とは若干異なる箇所があるかもしれないが、ご容赦願いたい。なお、講演の題名は「現代社会と科学・技術」である。

 講演は、科学と技術の歴史についての話だった。

 まず、講演の題名である「科学・技術」の「・」の部分の話から始まった。日本では慣例として「科学技術」という単語が使われるが、英語ではこれは "science and engineering" であり "and" が入る。もともと「科学」と「技術」は別々に発展してきて、最近になって融合した。ここが重要な点である。

 技術というのは古くは、天文学占星術から始まる。天文学は航海などのときの位置測定に使われたし、占星術はカレンダー作成に使われた。また、技術には徒弟制度が用いられてきた。よって、技術には「学校」というものがなかった。この状況が変わったきっかけがフランスでの革命であり、市民に主権が移るに伴い、王宮に仕えていた技術者たちは「学校」を作ることになった。これが1794年のことである。その後1815年にドイツに技術の学校が設立され、アメリカでも1825年に設立される。また、日本でも1877年から1886年まで工部大学校が設立された(でも9年間しか保たなかった)。それから、これらの「技術の学校」では学位を出すことができなかった。これは、engineeringが「学」ではなく「職能」であることによる。

 やがて、技術についても科学と同じように学会が作られることになるが、ここで科学と大きく異なった点は、技術にはクライアントがいたという点である。クライアントがいるので、技術を学問のように扱う際も「クライアントへの責任と義務の明文化」が学会ごとにおこなわれた。

 一方、科学も古くからあったが、「scientist」という単語ができたのは1840年代のイギリスでのことだそうである。では、それ以前の例えばニュートン先生などはどのように呼ばれていたのかといえば「philosopher」だった。ここで「scientist」という言葉について説明しておくと、単語を見れば分かると思うが「science+ist」である。この1840年代までは「science」はほぼ「knowledge」と同義に扱われていた。ここで勘のいい方は気づくと思うが、「science」に「ist」をつけるのは少々おかしい。物事に接尾語をつけてそれをおこなう人を表すときには「ist」か「ian」をつけることが多いが(または「er」)、「ピアニスト」と「ミュージシャン」を見比べてみると分かるように、「ist」は狭い領域の専門家を示す接尾辞であり、「ian」は漠然とした領域の専門家を示す接尾辞である。そうすると「知識」と同義であった「science」には本来ならば「ian」をつけて「サイエンティシャン」とするべきだったのだが、この言葉を造った人は「science」を「知識一般」ではなく「自然科学」とみなし、「ist」をつけた。「scientist」という言葉の始まりは「science」の意味の変質を表している。

 その科学者であるが、定義は難しい。「論文を書く人」と定義している人もいるらしい。科学者は一般的に「学会」に閉じこもるものであり、その行動規範は自分と仲間の中のみに適用される。そしてここが重要なところなのであるが、科学者にはクライアントが存在しない。科学者への資金援助は芸術家への資金援助とほぼ同じように見なされ、科学者の負う唯一の責任は、自らの好奇心を充分に満たすべく研究をすることのみだった。非技術系の学会にはつい最近まで「クライアントに対する義務と責任」が明文化されておらず、今も明文化されていない学会もある。

 ところが、その科学が変質し始めている。クライアントのいないはずの科学者が企業に頼まれてナイロンを開発し、国に頼まれて核爆弾を開発した。つまり、科学もクライアントを持つようになった。簡単にいえば、科学が技術のようになった。

 それまで、科学者は科学の学会に閉じこもっていればよかったのだが、最近になって、科学者以外の判断も採り入れざるを得なくなってきている。ただし、現在、まだまだ科学者と科学者以外の知識の隔たりが大きいので、間に立つ調停役が必要であろうと講演者の先生は仰っていた。

 以上を簡単にまとめると、次のようになる。科学にはクライアントがいなかったが、最近になって技術のようにクライアントができたため、外部との交流の必要性が生まれてきた。この交流を円滑に進めるために調停役が必要である*1

*1:この調停役というのは科学の知識をクライアントに説明するだけでなくクライアントの知識を科学者に説明する役割も担う。