研究室にほしい人材。

 高校生の頃、数学を担当していた教師が概ね以下のようなことを言っていた。

「昔は教科書に書かれている内容を喋ると『教科書に書かれていないことを教えてください』と生徒たちに怒られた。でも、君たちは教科書に書かれていることすら理解できない」

 また、次のようなことも言っていた。

「君たちの一つ上の学年から大幅に計算力が落ちている」

 私は1979年生まれである*1。すでにその頃の学生から、学力低下の兆候が見られたようである。決してゆとり教育学力低下の始まりではない。

 そして、「君たち」に属するところの私であるが、私より下はさらに学力が低下しているように思う。

 本日語るのは、学力低下に関する印象論であり、その問題点の大雑把な分類と、解決指針である。印象から出てきた問題に解決指針を立てても何も得られるものはないと思われるが、与太話として聞いてほしい*2。なお、想定しているのは理工系大学の学生たちである。

 冒頭に登場した数学の教師は、我々に欠けている能力を「計算力」と断定した。つまり、数学の基礎である。一方、私の感じる私より年下の人に足りない能力は「応用力」である。一口に応用力といっても様々な能力がそこには含まれている。以下、私が後輩たちに望む能力を細かく書いていく。なお、計算力に関しては、我々も後輩たちも同程度だという印象である。

 一つ目の能力は「与えられた道具で問題を解く能力」である。小学校の算数でいえば、底辺と高さが分かっているときにその三角形の面積を求める能力に相当する。大学の研究室レベルでいえば、与えられた問題を今まで習った範囲内の知識で解決する能力に相当する。ここまでは私たちも私の後輩たちも持っている能力である。

 その次に来るのが「問題だけが与えられた状況でそれを解く能力」である。小学校の算数でいえば、三角形の実物が与えられたときにどうすれば面積を求めることができるかを考える能力に相当する。研究室レベルでいえば、与えられた問題に対して新しい方法論を作って解決する能力に相当する。これは私たちが持っているのに、後輩たちは持っていない能力である。ここがまず一つの問題である。

 その次に来るのが「問題が解けるのかどうかを判別する能力」である。小学校の算数でいえば、得体の知れない形の図形が与えられたときにその面積が求まるのかどうかを判定する能力に相当する。研究室レベルでいえば、問題を探す能力の一つに相当する。これは持っている人は比較的少ないが、研究をする上では必要不可欠な能力である。つまり、ほとんどの人は研究ができない。その役割の半分が研究である大学にとって、これは致命的な問題である*3

 その次に来るのが「解けない問題を解ける問題に変える能力」である。小学校の算数でいえば、辺の長さの和だけが分かっている三角形の面積を求めるときにほかに何が分かれば面積が求められるようになるかを判断する能力に相当する。研究室レベルでいえば、やはり問題を探す能力の一つに相当する。これができる人はまれであるが、必要である。

 私は、大学に来る人には「問題が解けるのかどうかを判別する能力」を持っていてほしいと思っている。最終的に卒業論文を書いて卒業する人が理工系では大多数だからである。この能力を持っている人だけが大学に来るようにし向けるためには、入学試験でその能力を問うのが妥当ではないかと思われる。

 例えば、こんな問題を出す(ただし、話を分かりやすくするために難易度は高校入試レベルに落としてある。つまり中学三年生が解くことを想定している)。

三角形ABCがある。頂点Aから辺BCに垂線を下ろし、その足をDとする。ただし、B、D、Cはこの順番に並んでいる。BDの長さは6であり、DCの長さは4である。このとき、三角形ABCの面積が求まるかどうかを答えよ。

 二者択一の問題である。

 一部の友人からは、このような「解の存在を問う問題」は高校三年生には難しすぎるとの声が出たが、私に言わせれば今の大学入試こそ高校三年生には難しすぎる。ひねった問題を出すからこそ、無駄な公式を暗記したりテクニック重視になったりするのであって、基礎の問題を出しておけば、高校生たちの負担は軽減される。そして、このような問題を出しておけば、数学のセンスが測れるはずである。

 大学がほしいのは、第一に「問題を解くことのできる学生」であるが、やはり「問題に解が存在するかどうかを判定する能力のある学生」も半分くらいはほしい。そして、現実にはそのどちらの学生も少ない。特にうちのような三流国立大学には後者はほとんどいない。ただし、三流といえども定員割れはしておらず入試倍率はちゃんと五倍くらいはあったと記憶しているので、ぜひとも「解の存在を問う問題」を入試に出してほしいところである。

*1:この1979年に関する新書が書店で売られていたので今度読んでみようかと思っている。

*2:「はじめに」には一ヶ月に三回くらい更新できればいいと書いたが、なぜか結構な頻度で更新してしまっている。おそらくこの更新頻度の高さは最初だけだろうと思われる。そのうちネタは尽きてくる。

*3:そして卒業論文の書けない人は先輩の卒業論文を写すことによって卒業していく。いっそ、卒業させなくてもいいのではないかと思う。または、「学士(B級)」のように卒業認定にランクをつけてもいいと思う。「B級」が嫌なら、留年すればよい